
ご見学は随時可能ですが、事前にご予約いただけますとご案内・ご相談が可能です。
毎週土曜日は「游心庵」見学日としています(要予約)。
お知らせ
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2025/03/01 @ 22:03今月(3月)の言葉
「凡夫というは、無明煩悩われらがみちみちて、欲もおおく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおおく…」
「一念多念文意 」
親鸞聖人
「凡夫」とは、自己中心的に生きて苦悩する私達の事を指しています。
また、「無明」とは、人の心を惑わす多種多様な煩悩の根本のことで、物事の道理にかけている状態を指すのです。
我々は、無明煩悩に満ち溢れているのです。
ですから、我々は自分の思い通りにいかなかったり、自分より才能の優れた人に出会うと、怒り、腹立ち、うらみやねたみの心が生まれ、そこから脱出できずに苦悩したりするのです。
仏教では、「内観道」と言って苦悩の原因を環境や他人に向けず、自己を見つめる事、つまり自分の心の内に見るのです。
「暑さ寒さも彼岸まで」
お彼岸の時期は、一年でも、季節的にバランスのとれた頃と言えます。
又、お彼岸は春と秋の年二回ありますが
春分の日と秋分の日は、昼と夜の長さが同じとされます。
この事は、仏教の教えである中道の教えにかなうもので有ると云う説もあります。
お釈迦様は、「我は中道を行く」と言われ
苦行を放棄されております。
皆様、今月はお彼岸の月で有りますので
ご先祖様に感謝し、阿弥陀様への報恩感謝の思いで、お浄土をしのびたいものであります。
お彼岸とは、お浄土を示す言葉なのです。
合 掌
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2025/02/10 @ 21:06今月(2月)の言葉
「道心の中に衣食有り
衣食の中に道心有り」
最澄(伝述一心戒文)
仏教者で云うならば道心とは、悟りを求め様とする心であり
親なら、自分の幸せや欲求を満たす事では無く、子供が本当の幸せになれる事を求める心で有り、商人で云うならば、お客様にどうしたら喜んでもらえる商いが出来るかを求める心で有り、教師なら生徒にどうしたら良い教育を受けさせる事が出来るかと云う心で有りますが、そういう心を持って生きれば、衣食(生活に必要なもの)は自然に満たされる事で有ります。
逆を言えば、衣食そのものは決して道心は持たないとも教えております。
すなわち、道心を持って、愛情を持って子供達を育てる事は
道心を持った人が育ち、社会も時代も良いものになると思われます。
我々は、考え、悩み、苦しみながら子供達を育て、社会人として自立した人間にして行かなければなりませんし、先達としての基本的在り方で有ると思われます。
今も昔も、次世代の人々を愛情を持って育て、道心を持った人になってもらう事が求められているのでは無いのでしょうか。
歳の終わりや始めに当たって、足元を見つめ思い起したい伝教大師のお言葉で有ります。
自分の事でいっぱいになり、周りや他人を見失ってしまいがちですね。
気づかない事が無い様に心がけたいと思います。
合 掌
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2025/01/07 @ 14:25R7
今月(1月)の言葉
「過去、現在、未来の区別は、
どんなに言い張っても、単なる幻想である。」
アインシュタイン
昨年は、何かと有難うございました。
本年も、相変わらず宜しくお願い申し上げます。
さて、先月12月22日に明圓寺第二十八世前坊守であった母親が、97歳を一期に往生の素懐を遂げました。
母は、醤油醸造家の総領娘として生まれ
9人の妹弟のまとめ役をして来ました。
当寺は、父親の叔父の寺で、昭和48年に家族で笠間市から養子縁組をして入寺致しました。
平成元年に父親が他界してから、ずっと中心になって当寺を守って参りました。
若い時から電話局に勤め、NTTになってからも頑張って、41年勤続した強い母でした。
母は、何時も男女平等論を語っており、
現在の様に結婚した後も、女性が勤める事の道筋を引いた一人でもあったのです。
趣味は読書で、仕事から帰宅すると直ぐに、本を開いていた姿に私は首を傾げていました。
私の知識は、母親から伝授されたもので出来ていると言っても過言では無いのです。
白骨の御文書は数え切れない程、拝読して参ったのですが、母親が亡くなった事は実感が無く、収骨していた自分がわからない存在でした。
「年老いて腰が曲がった者には、死は、解放としてやって来ます。自分自身が年老いて、死を、最後には、返さなければならぬ古い借金の様なものだと思う様になった今、つくづくそう感じます。」
アインシュタイン
母親も、晩年こんな事を思っていたのかも知れません。
生前、母は私に長生き出来ているのは、両親を早く亡くし後、
妹弟を面倒見て全てを見送ったご褒美で有ると語っておりました。
もう一つ、「あんたがしっかりしないから死ねないでいるのよ。」と、大きな声で叱咤しておりました。
そんな事を考えていますと、三世は単なる幻想に思えて来るのです。
「十方微塵世界の念仏の衆生を、みそなはし、摂取して捨てざれば阿弥陀となづけたてまつる」
浄土和讃 親鸞聖人
こんな私でも、阿弥陀様は捨てずして摂取して下さりますか、
わかっている心算では居るのですが、疑ってしまう、自分が有ります。
合 掌
明圓寺の納骨堂・樹木葬「游心庵」
お墓とは『故人を偲ぶよすがとす』と言われております。私は、墓前で手を合わせる時は、亡き人を振り返り偲ぶだけではなく、それをご縁として、今、生かされている自分自身を映し出す場、そして、今、置かれている自分の立ち位置を確認する場として、自分を見つめ直す大切な時間を頂くことでありたいと考えます。
時系列的には、過去、現在、未来へと繋がって時間が流れて行きますが、仏教的思想では、現在をどう生きるかによって過去も未来も変わってくる、と考えます。つまり、今の生き方次第で過去からの生き様もわかるし、未来も見えてくるのです。
現代を生きる私達は、時には苦しみ、時には悲しみ、未来の自分に戸惑う事に遭遇します。
そんな時、この場に立つことでご安置された阿弥陀さまと亡き人の暖かい慈悲の御手に抱かれて、ほっとしていただきたい、そして、心を游ばせて欲しい、そんな思いから游心庵と名付けました。是非一度足をお運びください。合掌
納骨堂
今、生かされている自分自身の命の意味を見つめ直す大切な場として、個人、ご夫婦、現代の様々なライフスタイルの方、継承者のいない方が安心して眠る場として、皆様のご要望にお応えし、それぞれのご縁を永代に渡りお引き受け致します。
明圓寺は浄土真宗のお寺ですが、宗教・宗派・国籍を問わず、門戸を拡げて、より多くの方々にご利用していただきたいと思っております。ペット用の区画もご用意させていただきました。


樹木葬
親鸞聖人のご遺言のに、「躯(むくろ)は鳥辺野のほとりに捨てよ」という言葉があり、自然に還るという(真宗的)思想から、明圓寺においてもこれに習い、自然葬(樹木葬)の区画も設けさせていただきました。樹木葬エリアは各種ハーブが植えられた日当 たりの良い場所にあります。


設計主旨
『心たゆたう場所』
青々と繁る竹林、天を仰ぐ杉の木立、かすかな形跡を残して続く小径。足下には無数の草花が生い茂る。林を抜ければ、緩やかな丘陵に柿園が広がり、その先には水田が水を湛える。石岡の郷の奥に位置する明圓寺は、多様な動植物を育むゆたかな里山に囲まれています。納骨堂建立に際して、住職は「亡くなった故人を振り返るだけではなく、それをきっかけに、いま生きている私たちの未来に思いを馳せる場所であってほしい」とおっしゃいました。様々な考え方、暮らし方をしている人々が、分け隔てられることなく心やすらぐ場所にしたい、とも。
私はこの場所を、日常の延長線上にありながらも、清廉な空気感を持ち、異世界との境界線であるような、意識がほんの少しだけ浮揚されるような場所にしたいと考えました。明圓寺本堂の背後に控える山林を歩いていると、木漏れ日が揺らぎ、心地よい風が吹き抜け、樹々の葉が風にそよぐ音が聞こえてきます。鳥や虫の鳴き声が聞こえ、遠くからは馬滝の水音すら聞こえてきます。これらはすべて石岡の郷が奏でる豊かな音の環境です。川の流れが一様に見えて常に形を変えていくように、いまここに生まれそして消えていく音と共にある場所にしたいと考えました。
その結果、明圓寺の山林の一角に、石岡の里山に傾けた耳のような、菩提樹を包み込む掌(たなごころ)のような場所ができました。広場の中に入ると、少しだけ外の世界と音の様子が変わります。ここではさまざまなイベントを行うことを想定しています。自然の光が差し込む明るいお堂の中では、読経の声が巡ります。大地が揺れ動いても動じることのない山々、大水で流されても再び何もなかったかのように芽吹く樹々草花。この場所が、そんな自然に寄り添い、人々と共に、長い時間かけて石岡の里山の一部となっていくことを心より望んでいます。
2015年 秋暑
建築家 松野勉

游心庵エリアマップ

