大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)

住職 土井千浩(どいちひろ) 法名 釋千浩(しゃくせんこう)
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2024/05/20 @ 0:19
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大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2024/05/06 @ 20:16
今月の言葉(5月)

「念仏者は無碍の一道なり」

大型連休も、あっという間に終わってしまいました。
皆様は、如何お過ごしになられたでしょうか?

連休中のご法事で、「皆様お念仏を称えていると思いますが、どうして南無阿弥陀とお称えするのか分かりますか?」と訊ねると、皆んな分からないとおっしゃるのです。

返って来た答えに、親や周りの人が称えていたから、そういうものだと思っていたとか、お願い事をする時の言葉だと思っていたと云うのです。

私達の現実は、生老病死の四苦と、愛別離苦(愛する者と別れねばならぬ苦)、怨憎会苦(怨みや憎しみある者と会わねばならぬ苦)、求不得苦 (求めても得られない苦)、五薀盛苦(五薀の和合により生存する事の苦)の八苦の様々な妨げで溢れています。

親鸞聖人の人生も幼い頃の両親との別れ、流罪、長男(善鸞)の義絶など、様々な混乱が有りました。
その中で、念仏一筋に生きる道を大切にし妨げと向き合い越えて来たのです。

その事で、お念仏という阿弥陀様の働きが、現実と向き合う力となったのです。

親鸞聖人の中には、お念仏だけが真実(まこと)であり、お念仏のみがさとりの真実(平等の世界)を開き、人間の身の真実(自分の都合をあてにする在り方)を明らかにする為であったのでしょう。

又、「南無阿弥陀」の「南無」は、サンスクリット語でナマスと云い、一切をお任せするとか、人生を委ねると云った意味で、
「阿弥陀」の阿(ア)は、否定の接頭語です。

「阿弥陀」の語源は、「アミターバ」と「アミターユス」と云う言葉で、サンスクリット語の原典で有ります。

「弥陀」(ミタ)とは、「限界 量」と云う意味です。
ミタは、英語のメーターと同じ語源でも有り、アミタで「限界が無い 量に限度が無い」と云う意味に成ります。

このアミタに「アーバ(光)」が繋がってアミターバ(限り無い光 無量光)と成ります。
又、アミタに「アーユス(生命)」が繋がってアミターユス(限り無い生命 無量寿)と成ります。
間違い無く、何処へでも届く限り無い光(空間的無限)と、何時迄も途切れる事の無い生命(時間的無限)の働きで有るのが阿弥陀仏で有ります。

「弥陀の本願には、老少善悪の人を選ばず。
ただ、信心を要とすと知るべし。その故は、罪悪深重 煩悩熾盛の衆生を助けんが為の願にてまします。」

阿弥陀様の本願は、どんな人(老若男女、善悪、身分などの人を選ばず)も平等に、選ばず、嫌わず、見捨てず救い摂り、救いには、ただ信心が寛容と述べられている。

この観点から、わが身の本当の姿に気づき、そんな罪重い地獄にしか行き様の無い私を救って下さる阿弥陀様に一切を任せる身となる事が大切で有り、称名を頂く本意を知った上でのお念仏で有るべきと思われます。

   合  掌
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2024/04/23 @ 11:37
お寺の境内にも、春が来ております。

朝早くから、鶯が鳴いております。
外に出ると、馬滝から流れて出ずる水音が気持ち良いです。

週末にでも、足を運んでみませんか。
番犬のチョコも待っております。

合掌

イベント履歴

開かれたお寺を目指して

大澤山(おおさわさん) 常陽院(じょうよういん) 明圓寺(みょうえんじ) は、親鸞聖人(しんらんしょうにん)から明法(みょうぼう)という名を授かった弟子・弁円(べんねん)が、仁治元年(1240年)真家村(現在の茨城県石岡市真家)に隠居の為に建立した浄土真宗のお寺です。明法の「明」とかつての名、弁円の「圓」の字をとって明圓寺と号されました。
四季折々の草花、馬滝の美しい流れる音、素晴らしい里山風景の中に佇む、歴史深い山寺です。ぜひお気軽にいらしてください。

合掌

明圓寺 住職

納骨堂・樹木葬「游心庵」建立に寄せて

お墓とは『故人を偲ぶよすがとす』と言われております。
 私は、墓前で手を合わせる時は、亡き人を振り返り偲ぶだけではなく、それをご縁として、今、生かされている自分自身を映し出す場、そして、今、置かれている自分の立ち位置を確認する場として、自分を見つめ直す大切な時間を頂くことでありたいと考えます。
 時系列的には、過去、現在、未来へと繋がって時間が流れて行きますが、仏教的思想では、現在をどう生きるかによって過去も未来も変わってくる、と考えます。つまり、今の生き方次第で過去からの生き様もわかるし、未来も見えてくるのです。
 現代を生きる私達は、時には苦しみ、時には悲しみ、未来の自分に戸惑う事に遭遇します。
 そんな時、この場に立つことでご安置された阿弥陀さまと亡き人の暖かい慈悲の御手に抱かれて、ほっとしていただきたい、そして、心を游ばせて欲しい、そんな思いから「游心庵」と名付けました。是非一度足をお運びください。
 

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ご見学は随時可能ですが、事前にご予約いただけますと
住職・坊守によるご案内・ご相談が可能です。

毎週土曜日は「游心庵」見学日としています(要予約)。

 

住職のご紹介


お気軽にお参りにいらしてください。
 

住職 土肥 千浩

土肥千浩プロフィール  

法名: 釋 千浩(しゃく せんこう)

  • 1960年 茨城県笠間市に生まれる。
  • 1977年 曹洞宗で得度習礼※1を受け僧侶となる。
  • 1979年 教師習礼※2をし、約10年間曹洞宗の僧侶として過ごす。
  • 1985年 大学で経済学部を卒業する。
  • 1986年 浄土真宗本願寺派に転派する。
  • 1986~96年  一般企業や団体職員として働き、社会経験を積む。
  • 1990年 当山住職となる。
    仏教学や真宗学の修学研鑽※3を深めるため、東京仏教学院の研究科に学ぶ。
  • 2007年~   法要儀式を行う事にとどまらず、お念仏をご縁としての文化活動や法話会などを通じて心を寄せられる窓口となりたいとの思いで、千葉県柏市に分院を開く。分院においては、子ども達の料理会を開いたり、カフェで茶話会を開き、日頃の不安や仏教に対する疑問などを一緒に考えて行く活動をしている。
    本院においても、2,3,5,6,7,10月の第2火曜日13:30から、近隣の住職を講師にむかえ、法話会を開いて門信徒さんの声に耳を傾けている。
    『これからも、気楽に、安らかに心を寄せられる穏やかな場として、広く沢山の人に慕われるお寺にして行きたいと願っております。』

NPO法人 アーユース仏教国際協力ネットワーク会員


※1得度習礼(とくどしゅらい): 在俗者が仏門に入る儀式の前の予行。

※2教師習礼(きょうししゅらい): 実践的なお得度のような習礼

※3修学研鑽(しゅうがくけんさん):学問や知識を深く究めること。


明圓寺開山のいわれ


人形説き・弁円のなみだより


明圓寺の印


『明圓寺の印』ができました。

 

 

明圓寺にお参り頂いた方に、記念に押印さし上げたいと思います。どうぞお気軽にお声かけ下さい。