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【ドローン撮影】空から見る明圓寺の納骨堂と樹木葬「游心庵」
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里山に佇む納骨堂と樹木葬「游心庵」石岡市・明圓寺
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納骨堂と樹木葬「游心庵」
納骨堂と樹木葬「游心庵」2
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【ドローン撮影】空から見る明圓寺の納骨堂と樹木葬「游心庵」
里山に佇む納骨堂と樹木葬「游心庵」石岡市・明圓寺
納骨堂と樹木葬「游心庵」
納骨堂と樹木葬「游心庵」2
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大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2023/01/04 @ 16:58
令和5年
今月(1月)の言葉

「門松は、冥土の旅の一里塚、
めでたくもあり、めでたくもなし」

明けましておめでとうございます。
今年も、よろしくお願い致します。

上記の言葉は、一休禅師が正月に頭蓋骨を持ち、街中を歩いたエピソードに有ります。
正月を祝ってはいるが、歳を重ねる事でもあり死が近づく事であると、世の無常をあえて正月に説いたものであります。
無常を知ることは、命が常ならぬもので、儚きものである事を知り、そこに気づく事により日々を大切に生きる者になる事を私達に悟しています。
そして、私の命は量り知れない多くの命に育まれ今在る事に気づき、又多くの命を同時に支え育んでいる尊い命を、今、私は生きていると頂き、仏が勧められる無量寿の命に目覚めて生きる身になる事にあります。
それが、帰命無量寿覚でありお念仏の教えであると思われます。

さて、私は戦後生まれ(昭和35年12月)では在りますが、この言葉の様に我々は、真実を偽り虚構の中に生きていると思われます。
戦後、国民は中流社会、中流階級に憧れて勤勉に働き、経済成長を成し遂げ、私の子供の頃とは比較にならない程豊かな生活を送れる様になりました。
しかし、当時の様に貧しい時代の時の方が精神的に豊かであった様に思われます。
これが、昭和を生きた人間の切実な思いでは無いかと想像されます。
戦後描いた幸せとはと、改めて問われる時代になってしまった様に思われます。
経済や履き違えの自由を重視した事による家族や社会の離散、心の虚無感に襲われる事態を招いてしまった様に思われます。
戦争が終わり、経済成長を成し遂げ幸せになるはずが、家族はバラバラになり、老いても子供や孫とは暮らせなくなって、ただ寂しさだけを感じるだけで、我々が求めた日本の幸せとは何かと、一人一人が想像力を追求して行かなければならない事態に陥っている現実が有ります。
虚像に生きる我々は、真実に気づき、目覚め、正しく生きる道の考えを持つ自覚が必要で在り、それによって本当の豊かさの意味や、生きる意味を正す事に繋がって行く事であろうと思います。
それは、お念仏に生きる事に通じる事ではないかと味わっております。
合掌
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2022/12/06 @ 9:38
今月(12月)の言葉

「をぐら山 みね立ち鳴らし なく鹿の
  へにけむ秋を しる人ぞなき」

       紀貫之

この歌は三十一文字、折句である。
冠(カンブリ) 頭にかくし言葉を置いているものと、沓(クツ) 末尾に置いてあるものがある。
この歌は前者であり、「をみなへし」(女郎花)と言う言葉が隠された歌である。

意味

小倉山の峰を歩きまわって鹿が鳴いている。
今まで幾秋あのようにして過ごして来たのであろうか。
随分長いことであろうが、知る人はいない。
鳴く鹿の声は寂しそうに聞こえます。
秋を寂しく過ごして来た鹿の気持ちを知る人はいないと。

「をみなへし・女郎花」の字を各句の最初に置いて詠んだ歌でありますが、人間界にある苦しみ多いこの世の人生観、公界に身を沈めるつらい遊女の境遇を忍ばせる歌でありましょう。
誰に語るでも無く、人知れず生きる人間の悲しさや寂しさを可憐な「をみなへし」に譬え、自分の人生に投影され無常観が心をけづりとる歌であると思われます。
そんな苦界に生きる我々凡夫を必ず救いとるとお誓いになり、働き続け下さる阿弥陀さまに久遠とも言える長い間、人々は心を寄せ、拠り所として来たのだと思われます。
人間は、何か拠り所となる対象物を探し求めて安心できる人生を何処で願っているものです。
お念仏申しましょう。

南無阿弥陀仏

          合 掌

イベント履歴

開かれたお寺を目指して

大澤山(おおさわさん) 常陽院(じょうよういん) 明圓寺(みょうえんじ) は、親鸞聖人(しんらんしょうにん)から明法(みょうぼう)という名を授かった弟子・弁円(べんねん)が、仁治元年(1240年)真家村(現在の茨城県石岡市真家)に隠居の為に建立した浄土真宗のお寺です。明法の「明」とかつての名、弁円の「圓」の字をとって明圓寺と号されました。
四季折々の草花、馬滝の美しい流れる音、素晴らしい里山風景の中に佇む、歴史深い山寺です。ぜひお気軽にいらしてください。

合掌

明圓寺 住職

納骨堂・樹木葬「游心庵」建立に寄せて

お墓とは『故人を偲ぶよすがとす』と言われております。
 私は、墓前で手を合わせる時は、亡き人を振り返り偲ぶだけではなく、それをご縁として、今、生かされている自分自身を映し出す場、そして、今、置かれている自分の立ち位置を確認する場として、自分を見つめ直す大切な時間を頂くことでありたいと考えます。
 時系列的には、過去、現在、未来へと繋がって時間が流れて行きますが、仏教的思想では、現在をどう生きるかによって過去も未来も変わってくる、と考えます。つまり、今の生き方次第で過去からの生き様もわかるし、未来も見えてくるのです。
 現代を生きる私達は、時には苦しみ、時には悲しみ、未来の自分に戸惑う事に遭遇します。
 そんな時、この場に立つことでご安置された阿弥陀さまと亡き人の暖かい慈悲の御手に抱かれて、ほっとしていただきたい、そして、心を游ばせて欲しい、そんな思いから「游心庵」と名付けました。是非一度足をお運びください。
 

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ご見学は随時可能ですが、事前にご予約いただけますと
住職・坊守によるご案内・ご相談が可能です。

毎週土曜日は「游心庵」見学日としています(要予約)。

 
 

四季の明圓寺みょうえんじ


明圓寺は、豊かな里山の自然に囲まれた歴史のあるお寺です。 四季折々の風景を是非ご覧下さい。
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住職のご紹介


お気軽にお参りにいらしてください。
 

住職 土肥 千浩

土肥千浩プロフィール  

法名: 釋 千浩(しゃく せんこう)

  • 1960年 茨城県笠間市に生まれる。
  • 1977年 曹洞宗で得度習礼※1を受け僧侶となる。
  • 1979年 教師習礼※2をし、約10年間曹洞宗の僧侶として過ごす。
  • 1985年 大学で経済学部を卒業する。
  • 1986年 浄土真宗本願寺派に転派する。
  • 1986~96年  一般企業や団体職員として働き、社会経験を積む。
  • 1990年 当山住職となる。
    仏教学や真宗学の修学研鑽※3を深めるため、東京仏教学院の研究科に学ぶ。
  • 2007年~   法要儀式を行う事にとどまらず、お念仏をご縁としての文化活動や法話会などを通じて心を寄せられる窓口となりたいとの思いで、千葉県柏市に分院を開く。分院においては、子ども達の料理会を開いたり、カフェで茶話会を開き、日頃の不安や仏教に対する疑問などを一緒に考えて行く活動をしている。
    本院においても、2,3,5,6,7,10月の第2火曜日13:30から、近隣の住職を講師にむかえ、法話会を開いて門信徒さんの声に耳を傾けている。
    『これからも、気楽に、安らかに心を寄せられる穏やかな場として、広く沢山の人に慕われるお寺にして行きたいと願っております。』

NPO法人 アーユース仏教国際協力ネットワーク会員


※1得度習礼(とくどしゅらい): 在俗者が仏門に入る儀式の前の予行。

※2教師習礼(きょうししゅらい): 実践的なお得度のような習礼

※3修学研鑽(しゅうがくけんさん):学問や知識を深く究めること。


明圓寺開山のいわれ


人形説き・弁円のなみだより


明圓寺の印


『明圓寺の印』ができました。

 

 

明圓寺にお参り頂いた方に、記念に押印さし上げたいと思います。どうぞお気軽にお声かけ下さい。