ご見学は随時可能ですが、事前にご予約いただけますとご案内・ご相談が可能です。

毎週土曜日は「游心庵」見学日としています(要予約)。

お知らせ

大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2024/06/06 @ 12:31
今月の言葉(6月)

たわむれに
母を背負いて一歩二歩
軽きに泣きて
三歩も進まず

  石川 啄木

久しぶりに帰郷し、戯れに母親をおんぶした時の啄木の歌ですが、自分の母だからこそ、その感慨も出て来たものと思われます。

私事ですが、97歳と3ヶ月になる母親がおります。
施設に入ってはいるのですが、元気で「私が中々死ねないのは、お前がしっかりしないからだよ。」と、叱咤されてしまう次第です。

母親は、10人兄妹の総領娘で、もう既に兄妹達は全て亡くなってしまい、独り淋しがっておりますが
若い時に両親を亡くし、弟や妹の面倒を見なくてはならない環境にあって、精神的には強い女性です。
仕事も、逓信局(電電公社)時代からNTTになってからも勤め41年も勤続した母でした。
当時、電電公社は社会党を応援しており市川房枝さんや土井たか子さんの頃
婦人参政運動や男女雇用機会均等法などの確保運動に力を注いだ様でありました。

私が高校生の頃は、半年東京で講義を受け、半年茨城に帰り職員の教育をする事を繰り返し、私は主に父親と生活をしていた学生でした。

そんな母も、笠間から当寺に入寺して間もなく私の父親である夫を亡くし独りで戦っており、私は母の傘下の元 余り苦労すること無く過ごして参りました。

ここに至って、母親も、もう幾許も無い命と感じ、空虚な空気の中にぽつねんと一人取り残される思いが滲み出る私の存在を感じます。
今、胸の砂時計は雪崩の勢いで時を刻み続けているのです。

南無阿弥陀

    合 掌
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2024/05/20 @ 0:19
応援中: 石岡市観光協会 / いしおかファン ―ライジングファンに認定されました!🎉
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)
大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)2024/05/06 @ 20:16
今月の言葉(5月)

「念仏者は無碍の一道なり」

大型連休も、あっという間に終わってしまいました。
皆様は、如何お過ごしになられたでしょうか?

連休中のご法事で、「皆様お念仏を称えていると思いますが、どうして南無阿弥陀とお称えするのか分かりますか?」と訊ねると、皆んな分からないとおっしゃるのです。

返って来た答えに、親や周りの人が称えていたから、そういうものだと思っていたとか、お願い事をする時の言葉だと思っていたと云うのです。

私達の現実は、生老病死の四苦と、愛別離苦(愛する者と別れねばならぬ苦)、怨憎会苦(怨みや憎しみある者と会わねばならぬ苦)、求不得苦 (求めても得られない苦)、五薀盛苦(五薀の和合により生存する事の苦)の八苦の様々な妨げで溢れています。

親鸞聖人の人生も幼い頃の両親との別れ、流罪、長男(善鸞)の義絶など、様々な混乱が有りました。
その中で、念仏一筋に生きる道を大切にし妨げと向き合い越えて来たのです。

その事で、お念仏という阿弥陀様の働きが、現実と向き合う力となったのです。

親鸞聖人の中には、お念仏だけが真実(まこと)であり、お念仏のみがさとりの真実(平等の世界)を開き、人間の身の真実(自分の都合をあてにする在り方)を明らかにする為であったのでしょう。

又、「南無阿弥陀」の「南無」は、サンスクリット語でナマスと云い、一切をお任せするとか、人生を委ねると云った意味で、
「阿弥陀」の阿(ア)は、否定の接頭語です。

「阿弥陀」の語源は、「アミターバ」と「アミターユス」と云う言葉で、サンスクリット語の原典で有ります。

「弥陀」(ミタ)とは、「限界 量」と云う意味です。
ミタは、英語のメーターと同じ語源でも有り、アミタで「限界が無い 量に限度が無い」と云う意味に成ります。

このアミタに「アーバ(光)」が繋がってアミターバ(限り無い光 無量光)と成ります。
又、アミタに「アーユス(生命)」が繋がってアミターユス(限り無い生命 無量寿)と成ります。
間違い無く、何処へでも届く限り無い光(空間的無限)と、何時迄も途切れる事の無い生命(時間的無限)の働きで有るのが阿弥陀仏で有ります。

「弥陀の本願には、老少善悪の人を選ばず。
ただ、信心を要とすと知るべし。その故は、罪悪深重 煩悩熾盛の衆生を助けんが為の願にてまします。」

阿弥陀様の本願は、どんな人(老若男女、善悪、身分などの人を選ばず)も平等に、選ばず、嫌わず、見捨てず救い摂り、救いには、ただ信心が寛容と述べられている。

この観点から、わが身の本当の姿に気づき、そんな罪重い地獄にしか行き様の無い私を救って下さる阿弥陀様に一切を任せる身となる事が大切で有り、称名を頂く本意を知った上でのお念仏で有るべきと思われます。

   合  掌

明圓寺の納骨堂・樹木葬「游心庵」

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お墓とは『故人を偲ぶよすがとす』と言われております。私は、墓前で手を合わせる時は、亡き人を振り返り偲ぶだけではなく、それをご縁として、今、生かされている自分自身を映し出す場、そして、今、置かれている自分の立ち位置を確認する場として、自分を見つめ直す大切な時間を頂くことでありたいと考えます。

時系列的には、過去、現在、未来へと繋がって時間が流れて行きますが、仏教的思想では、現在をどう生きるかによって過去も未来も変わってくる、と考えます。つまり、今の生き方次第で過去からの生き様もわかるし、未来も見えてくるのです。

現代を生きる私達は、時には苦しみ、時には悲しみ、未来の自分に戸惑う事に遭遇します。

そんな時、この場に立つことでご安置された阿弥陀さまと亡き人の暖かい慈悲の御手に抱かれて、ほっとしていただきたい、そして、心を游ばせて欲しい、そんな思いから游心庵と名付けました。是非一度足をお運びください。合掌

明圓寺 住職 土肥千浩

納骨堂

今、生かされている自分自身の命の意味を見つめ直す大切な場として、個人、ご夫婦、現代の様々なライフスタイルの方、継承者のいない方が安心して眠る場として、皆様のご要望にお応えし、それぞれのご縁を永代に渡りお引き受け致します。
明圓寺は浄土真宗のお寺ですが、宗教・宗派・国籍を問わず、門戸を拡げて、より多くの方々にご利用していただきたいと思っております。ペット用の区画もご用意させていただきました。

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樹木葬

親鸞聖人のご遺言のに、「躯(むくろ)は鳥辺野のほとりに捨てよ」という言葉があり、自然に還るという(真宗的)思想から、明圓寺においてもこれに習い、自然葬(樹木葬)の区画も設けさせていただきました。樹木葬エリアは各種ハーブが植えられた日当 たりの良い場所にあります。

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設計主旨

『心たゆたう場所』

青々と繁る竹林、天を仰ぐ杉の木立、かすかな形跡を残して続く小径。足下には無数の草花が生い茂る。林を抜ければ、緩やかな丘陵に柿園が広がり、その先には水田が水を湛える。石岡の郷の奥に位置する明圓寺は、多様な動植物を育むゆたかな里山に囲まれています。納骨堂建立に際して、住職は「亡くなった故人を振り返るだけではなく、それをきっかけに、いま生きている私たちの未来に思いを馳せる場所であってほしい」とおっしゃいました。様々な考え方、暮らし方をしている人々が、分け隔てられることなく心やすらぐ場所にしたい、とも。

私はこの場所を、日常の延長線上にありながらも、清廉な空気感を持ち、異世界との境界線であるような、意識がほんの少しだけ浮揚されるような場所にしたいと考えました。明圓寺本堂の背後に控える山林を歩いていると、木漏れ日が揺らぎ、心地よい風が吹き抜け、樹々の葉が風にそよぐ音が聞こえてきます。鳥や虫の鳴き声が聞こえ、遠くからは馬滝の水音すら聞こえてきます。これらはすべて石岡の郷が奏でる豊かな音の環境です。川の流れが一様に見えて常に形を変えていくように、いまここに生まれそして消えていく音と共にある場所にしたいと考えました。

その結果、明圓寺の山林の一角に、石岡の里山に傾けた耳のような、菩提樹を包み込む掌(たなごころ)のような場所ができました。広場の中に入ると、少しだけ外の世界と音の様子が変わります。ここではさまざまなイベントを行うことを想定しています。自然の光が差し込む明るいお堂の中では、読経の声が巡ります。大地が揺れ動いても動じることのない山々、大水で流されても再び何もなかったかのように芽吹く樹々草花。この場所が、そんな自然に寄り添い、人々と共に、長い時間かけて石岡の里山の一部となっていくことを心より望んでいます。

2015年 秋暑
建築家 松野勉
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游心庵エリアマップ